わたらせ渓谷鐵道株式会社
わ鐵のわっしーオフィシャルウェブサイト


≪お問い合わせ≫
【会社名】
わたらせ渓谷鐵道株式会社
土日祝除く 9:00〜17:00
【連絡先】
電話 0277-73-2110
※電話番号をよくご確認の上、お間違いのないようお願い致します。


わ鐵モバイル
QRコード


■わたらせ渓谷鐵道株式会社/会社概要■

 社 名 : わたらせ渓谷鐵道株式会社
 代 表 : 代表取締役社長 樺澤 豊
 設 立 : 昭和63年10月25日
 資本金 : 3億2千5百万円

事業内容

● 鉄道事業法に基づく鉄道事業
● 旅行業
● 浴場業(日帰り)
● 食堂業など


   経営理念
   私たちは、お客様に信頼される誠実な鉄道業でありたい。そのためには
   1、常に時代に合った、お客様のニーズを先取りした、
     誠実さをもって信頼される鉄道会社づくりを目指します。
   
   2、常に公共的使命を認識し、広く社会に貢献努力することを目指します。


所在地等

本社
住所 376-0101
群馬県みどり市大間々町大間々1603-1
電話 0277-73-2110
FAX 0277-73-3121

大間々駅

住所 群馬県みどり市大間々町大間々1375
電話・FAX 0277-72-1117

相老駅

住所 群馬県桐生市相生町2丁目756
電話・FAX 0277-54-3596

通洞駅

住所 栃木県日光市足尾町松原13
電話・FAX 0288-93-0855

水沼駅温泉センター(モンテディオ総合企画株式会社)

住所 群馬県桐生市黒保根町水沼120-1
電話 0277-96-2500
FAX 0277-96-2505

レストラン清流

住所 群馬県みどり市東町神戸886-1
電話・FAX 0277-97-3681

鉄道事業の概要

営業区間 桐生〜間藤 44.1km
駅数 17駅

運行本数

【普通列車】
桐生〜大間々…18往復
大間々〜間藤…11往復

【トロッコ列車】
大間々〜足尾…1往復(土休日等指定日に運行)

所有車両

軽量ディーゼルカー…9両
機関車(DE10)…2両
トロッコ車…2両
客車…2両

わたらせ渓谷鐵道の沿革

明治44年4月15日 下新田〜大間々間が開通(足尾鉄道株式会社)
大正 3年8月25日 全線開業
大正 7年6月1日 足尾鉄道が国有化される
昭和48年2月末日 足尾銅山閉山
昭和63年10月25日 わたらせ渓谷鐵道株式会社 設立
平成元年3月29日 わたらせ渓谷鐵道営業開始

わたらせ渓谷鐵道の歴史

わたらせ渓谷鐵道けいこくてつどうは、群馬県桐生市[ぐんまけんきりゅうし] から栃木県日光市足尾町[とちぎけんにっこうしあしおまち][むす]鉄道[てつどう]で、足尾町[あしおまち]にあった足尾銅山[あしおどうざん][ふか]いつながりがあります。
[いま]から[やく]400年前[ねんまえ]の 1610[ねん](慶長[けいちょう]15[ねん])、 備前[びぜん][くに](いまの岡山県[おかやまけん])から やって[]治部[じぶ]内蔵[くら]という 二人[ふたり]男性[だんせい]が、足尾[あしお][やま][どう]発見[はっけん]しました。
江戸時代[えどじだい]には、[さか]んに銅鉱石[どうこうせき][]られて東照宮[とうしょうぐう]江戸城[えどじょう]屋根[やね]使[つか]われたり寛永通宝[かんえいつうほう] というお[かね][つく]られたりしたため、 その[]足尾銅山[あしおどうざん]からは[ほとん][どう][]れなくなってしまいました。
 1877[ねん](明治[めいじ]10[ねん])、 古河財閥[ふるかわざいばつ]創業者[そうぎょうしゃ]古河市兵衛[ふるかわいちべえ]が、 この廃山同然[はいざんどうぜん]足尾銅山[あしおどうざん][][]り、 最新[さいしん]技術[ぎじゅつ][][]れて 日本[にほん][どう]半分[はんぶん]生産[せいさん]する銅山[どうざん]にしました。
明治時代[めいじじだい][はじ]めまで、産出[さんしゅつ]した [どう]鉱山[こうざん]使用[しよう]する 材料[ざいりょう]運搬[うんぱん][うま][うし][たよ]っていましたが、生産量[せいさんりょう]増加[ぞうか]によってこれでは[はこ]びきれなくなりました。
その[]馬車鉄道[ばしゃてつどう]による運搬[うんぱん][はじ]めましたが、さらにたくさんの荷物[にもつ][はこ]べるようにするために、 桐生[きりゅう]から足尾[あしお]まで鉄道[てつどう]建設[けんせつ]することになりました。
1912[ねん]大正元年[たいしょうがんねん])12[がつ]30[にち]桐生[きりゅう]から延伸[えんしん]してきた足尾鉄道[あしおてつどう]が、 足尾駅[あしおえき]まで開通[かいつう]しました。
その[]足尾鉄道[あしおてつどう][くに]重要路線[じゅうようろせん]であることから、1918年(大正7年)[ねん たいしょう ねん][くに][][]げて鉄道院[てつどういん]後の国鉄[のち こくてつ])の足尾線[あしおせん]となりました。
 国鉄[こくてつ]として営業[えいぎょう]してきた足尾線[あしおせん]は、 戦後[せんご]蒸気機関車[じょうききかんしゃ]がディーゼルカーやディーゼル機関車[きかんしゃ][]わって近代化[きんだいか]されましたが、 1973年(昭和48年[ねん しょうわ  ねん])に足尾銅山[あしおどうざん]閉山[へいざん]されると旅客・貨物[りょかく かもつ]ともに輸送量[ゆそうりょう][おお]きく減少[げんしょう]し、1980年(昭和55年[ねん しょうわ  ねん])ころから 赤字線の問題が起[あかじせん もんだい お]こり、1985年(昭和60年[ねん しょうわ  ねん]) までに廃止[はいし]されることになりました。
しかし、沿線市民[えんせんしみん][あいだ]足尾線[あしおせん][のこ]そうと[]活動[かつどう][]こり、 1989[ねん]平成元年[へいせいがんねん])までJR東日本足尾線[ひがしにほんあしおせん] として[のこ]りました(1987[ねん]国鉄分割民営化[こくてつぶんかつみんえいか]国鉄足尾線[こくてつあしおせん]→JR足尾線[あしおせん]に)。
その[]は、第三[だいさん]セクターである、わたらせ渓谷鐵道株式会社[けいこくてつどうかぶしきがいしゃ]路線[ろせん][][]ぎ、 現在[げんざい][いた]っています。
 わたらせ渓谷鐵道[けいこくてつどう]になってからは、貨物輸送[かもつゆそう][]わり観光客輸送[かんこうきゃくゆそう][ちから][]れており、1994[ねん]平成[へいせい][ねん]) には年間[ねんかん]利用者[りようしゃ]が100万人[まんにん][]えました。
また、1998[ねん]平成[へいせい]10[ねん])からは、観光列車[かんこうれっしゃ]「トロッコわたらせ渓谷号[けいこくごう]」の運転[うんてん][はじ]まり、観光[かんこう]のお客様[きゃくさま]人気[にんき][はく]しています。
Copyright © Watarase Keikoku Railway Co.,Ltd. All rights reserved.